第9回 日本NPO学会賞受賞作品

林雄二郎賞

  • 『ソーシャル・キャピタルと活動する市民‐新時代日本の市民政治』 坂本 治也著 有斐閣(2010/11刊行)

優秀賞

  • 『NPO法人会計基準 完全収録版』 NPO法人会計基準協議会編 八月書館(2010/12刊行)
  • 『フェアトレード学‐私たちが創る新経済秩序』 渡辺 龍也著 新評論(2010/5刊行)
  • 『人間の安全保障‐グローバル化する多様な脅威と政策フレームワーク』 福島 安紀子著 千倉書房(2010/9刊行)

審査委員会特別賞

  • 『寄付白書2010-GIVING JAPAN 2010』 日本ファンドレイジング協会編 日本経団連出版(2010/12刊行)
  • 『The Failure of Civil Society? The Third Sector and the State in Contemporary Japan』 Akihiro Ogawa著 State University of New York Press(2009/3刊行)

総評

2010年度「日本NPO学会賞」の選考を終えて
選考委員長 松岡紀雄/ 2011年3月7日

今回は選考委員13名中7名が新任となったことから、2期目の筆者が選考委員長を務めることになった。ただ、新任とは言っても、この分野の研究、あるいは実務の面で際だった活躍をしてこられた方々ばかりである。2回にわたる審査会における議論は、NPOの健全な発展を願う、実に示唆に富む内容であった。 選考の対象となったのは、英文2冊を含む計19冊で、自薦が13冊、他薦が6冊であった。選考経過は前年とほぼ同様で、第1回委員会(12月27日)で選考方法を確認し、1つの作品を3人の委員で査読することとした。各自が得意とし関心を寄せる作品を4、5点持ち帰り、原則としてA、B、Cの3段階評価を行った。第2回委員会(2月10日)では、 全員の評点を記した一覧表と、各作品に対する評価コメントを前に、熱のこもった選考が展開された。

前年の山岡義典委員長による総評は、「日本NPO学会やその周辺において多様な研究蓄積がなされ、発表されていることを実感することができたと」と記され、「この勢いが次年度にも繋がっていけばと願っている」と結ばれていた。 この山岡前委員長の願いが通じたのであろうか、19点中、3人がそろってA評価としたものが1点、2人がA評価としたものが8点、少なくとも1人の審査員がA評価を付けたものが13点という、力作揃いの、実にレベルの高い最終選考となった。各審査員からも「勉強になった」という声があがるほどで、日本NPO学会関係者にとってこれほど喜ば しいことはない。学会賞がその大きな刺激となっていることは、選考委員として実に嬉しい。

最優秀賞の林雄二郎賞には、坂本治也氏の『ソーシャル・キャピタルと活動する市民-新時代日本の市民政治』(有斐閣)が選ばれた。審査を終えた直後に山内直人会長から、「林雄二郎賞該当なし」という報告に伺った年度は、林先生が非常にがっ かりされるのです、というエピソードが紹介された。その点、今回は全員一致で選考され、しかもその著者が30代半ばという若い研究者であることから、林先生の喜びはひとしおと想像される。同時に、こうした若い研究者でも最優秀賞に選ばれるということが、とりわけ若い世代への大きな励みになるよう期待したい。

今回は、最優秀賞に加えて、優秀賞3点、審査委員会特別賞2点が選ばれた。力作揃いを反映して過去最高の6点が受賞の栄誉に輝いたが、個々の作品に関する紹介や講評は、以下の各担当委員のコメントに委ねたい。委員長の立場からは、選考終了後に語り合われた委員の意見や感想を、総評というかたちで記しておきたい。

第1に、NPO活動の現場を知ること、現場との対話の重要性である。NPOは、そもそも現場、実社会から生まれたもので、研究室から生まれたものではない。当初は、生々しい現場の実態を理論化しようとする研究や著作が目立ったが、最近はそうしたものが少なくなり、逆に理論を現場化しようという試みが増えている。 それ自体は歓迎すべきことであるが、一方で現場をあまりにも知らないと言わざるを得ない理論展開も目立っている。

第2に、日本NPO学会賞という以上、①データサーベイが正確に、的確に行われていること、②データと理論のフィードバック、相互検証・確認が行われていること、③NPO活動に何が必要か、重要かの政策提言が含まれていること-この3点が不可欠だという指摘である。西川委員からは、「メッセージがほしい」という希望が強く提起され、 多くの委員が共感を示した。

第3に、前項とも深く関係するが、日本のNPOには「政策提言力」が依然として乏しいという、上野委員の指摘である。政治の混迷を見るにつけ、NPOが政府に対抗するだけの力を備えることが、わが国の閉塞感打開のためにも不可欠であり、しかもそれが急がれている。この賞をひとつのきっかけ、励みとして、NPOが政府に対等に渡り合える 政策提言力を身につけていってほしいという強い思いが、他の委員からも示された。

第4に、雑誌や書籍の編集長を務めた経験のある筆者の強い願いであるが、日本NPO学会賞に応募しようとする文献には、「索引」の整備充実を図ってほしいという点である。残念ながら、今回も索引のまったくない、あるいは極めてずさんな応募作品が何点も 見られた。「索引のない学術書などはあり得ない」というのが世界の常識であろう。他の研究者が文献として利用する際に、充実した索引がどれほど役立つか。ましてや、今後必ずしも日本語能力が万全と言えない外国人研究者や実務家が参照しようとするケースが増えてくるに違いない。索引の有無はあまりにも大きな影響を与える。 索引の作成や充実を図る作業には、著書の完成度を高める効果があることも付記しておきたい。最後に、前年度の山岡委員長と同様に、次年度の応募作品の質量とものさらなる充実を強く願って、今回の総評としたい。

各書評

『ソーシャル・キャピタルと活動する市民‐新時代日本の市民政治』 坂本 治也著 有斐閣(2010/11刊行)

本書は著者の博士論文を加筆修正したもの。近年、わが国でもソーシャル・キャピタル(SC)に関する著作が多数刊行されている中、本書はその白眉ともいえる。まず、パットナムの一連の研究や、それに対する論争を簡潔に整理する。著者の関心が地方政府の統治パフォーマンスにあることは、 Making Local Government Workという本書の英文タイトルからもわかる。都道府県の集計データを用いて、地方政府では、SCではなくシビック・パワーが、統治パフォーマンスを高める重要な市民社会組織の特性であり、政府に対して批判的な「活動する市民」の存在が必要であると分析した。 そして、日本では、SCの豊かさとシビック・パワー(civic power)の豊かさとは連動しないこと、シビック・パワーは、一般市民ではなく組織化された「市民エリート」によって担われていることを明らかにする。事例として、市民オンブズマンによる地方政府の監視活動はパフォーマンスを高める 効果があるという。本書は、SCの専門研究書であるが、SCへ実務家が関心を持つ理由も述べられ、啓発書としても機能する。市民社会に関心ある者すべてにとって必読文献である。(田中 敬文)

『NPO法人会計基準 完全収録版』 NPO法人会計基準協議会編 八月書館(2010/12刊行)

本書は特定非営利活動法人(以下特活法人)の会計基準を解説するものである。従来、特活法人には統一的な会計基準が存在せず、出納帳や単式簿記によるものも見られ、複式簿記会計を採用するものであっても、取引の会計的認識と計上方法が区々まちまちであった。 今回の会計基準は、公益法人会計基準などと異なり所轄行政庁がお仕着せで作ったものではなく、当の特活法人をはじめとするステークホルダーが社会に対する説明責任を果たすため、自主的に作成したという点でまず大いに評価できるものである。 次に会計基準の内容についても、ボランティアのみなし賃金を損益計算書(本基準では活動計算書と呼ぶ)に反映させる点には疑問があるが、初心担当者や一般市民でもある程度理解可能な会計基準という側面と、一方で財務内容をできるだけ正確に反映する会計基準という側面の均衡点が追及され ている事が良く理解できる。また、個々の基準の検討経緯や実践例も理解促進に大いに役立つ。特活法人関係者だけでなく、およそ非営利法人の経営に携わる者にとっても、会計のあり方を考える際に大変有益な実務書である。(太田 達男)

『フェアトレード学‐私たちが創る新経済秩序』 渡辺 龍也著 新評論(2010/5刊行)

本書はフェアトレードが必要とされる背景や、その発展の軌跡を歴史的に追いながら、豊富な資料を基にフェアトレードの理念や実践がどのように広がってきたかを大変分かりやすく解説している。また、生産者に対してどのようなインパクトがあるのか、企業、政府、社会への広がりや、 更にはフェアトレードに対する各種の批判も提示し、課題や争点を抽出し、それらを分かりやすく、且つ丁寧に説明している。また、フェアトレードへの各種の批判に対し、著者のバランスのとれた説得力ある意見も書かれている。 そして、「認証型」と「連帯型」の違いと協働の可能性、企業、政府、市民との関わり等にも言及し、次世代のフェアトレードの展開に思いをはせ、フェアトレードは、「国際貿易に限定することなく、あらゆる経済活動を網羅する新システム、新経済秩序を創出することが求められている」と、 フェアトレードに対する著者の思いと期待がはっきりと伝わってくる意欲作でもある。フェアトレードに関して、充実した資料と参考文献をもとに、歴史的、網羅的、且つ体系的に著述した大著である。また、「学」とつけられてはいるが、実践的な解説書として読むこともできる秀作である。(片山 信彦)

『人間の安全保障‐グローバル化する多様な脅威と政策フレームワーク』 福島 安紀子著 千倉書房(2010/9刊行)

従来、安全保障とは、国家安全の概念を指していた。ところが、1980年代の中ごろから国連の場で「共通の安全保障」というグローバル化時代に即した概念が提起され、更にグロ-バリゼーションの進んだ1990年代の中ごろから、人間・社会開発の問題提起と共にこれらを守る「人間の安全保障」 (HS)の概念へと進化した。日本政府も国連外交やODAの場で、HSの概念を支持し、国連にHS基金をも設けている。本書は、HS概念の起源、歴史、国連始め国際社会での扱い方、ODA政策への展開、平和構築論との関連等、詳細にたどり、HSの政策展開の方向を議論している。 HSについては類書が多いが、本書の特徴は、国際的なHS概念の進展、国ごとの受容度の相違を示したこと、更に、HSにおける文化政策の側面の重要性を議論し、今後の発展方向として、難民や人権問題等、国内政策に目を向ける方向の必要性を挙げたところにある。 HSの議論に独創的な次元を切り拓いた。日本に関する議論がやや簡単で、HSや平和構築関連のプロジェクトが、評価というよりは紹介にとどまっているのが残念だが、日本でのHS理解を確実に前進させる労作である。(西川 潤)

『寄付白書2010-GIVING JAPAN 2010』 日本ファンドレイジング協会編 日本経団連出版(2010/12刊行)

使い勝手の良い労作で、広く歓迎される成果だと思われる。NPO研究者のみならず、政府、地方公共体や非営利事業体の戦略担当者等に有効に活用され得る貴重な資料として、特別賞にふさわしいとされた。 寄付のデータ作成には様々な困難が付きまとう。まず、信頼に足る基礎データが質量ともに乏しい。さらに寄付の定義自体も、社会通念で寄付とされるものと企業経理上寄付と計上されているものとの間に乖離があることは本書で指摘されているとおりである。 それ以外にも、全国各地の地場中小零細企業が実施して来た地域文化や伝統行事への参画とか、西国に伝わるお遍路さんへの路傍のお接待のような、ささやかながら麗しい日本の伝統的な寄付文化は、本書ではあまり取り上げられていない。このようなものは統計の網の目から漏れがちだが、これをどう汲み上げるかも今後の課題だろう。 そういう事も含め、本書がさらにブラッシュアップの余地を残していることは審査委員会でも指摘されていた。しかし、それを承知したうえで、多くの労苦の末本書が完成し、さまざまな困難と制約を乗り越えて多くの知見が集約されたたことの意義は深い。 これが今後とも継続的に版を重ね、さらに価値を増して行かれることを期待したい。(大原 謙一郎)

『The Failure of Civil Society? The Third Sector and the State in Contemporary Japan』 Akihiro Ogawa著 State University of New York Press(2009/3刊行)

文化人類学者である著者がジャーナリストとしての経歴をもとに博士論文を軸にまとめた現在日本の市民社会分析。市民社会とは一つの静的モデルではなく、動的なダイナミズムを持つプロセスであると考える著者が「市民社会に何ができるのか」、そこに「私がいかに関わるか」を問いに据えた、アクション・リサーチである。 西欧の市民社会論と日本の戦後の市民運動論のレビューの上で、東京の下町のNPO組織に<入り>、その組織にとっての重要な一時期を、メンバーと交わりつつ、その行動と意識の変化を記述民族学の手法で定性的に描き出している。NPO法がもたらした日本のNPOの興隆は、マクロには新自由主義を背景とした小さな政府、 公共サービスの民営化、コスト削減、協働など「新しい公共」の理念に合致し、ミクロには自治体によって奨励され、行政が招き育てるボランティアを中心に、いわば新たな形で政府自治体の<意に背かない>組織と市民を生み出した。日本のNPOは非政治性と疑似行政体化に特徴がある。本タイトルは論議を呼ぶものだが、 NPO法がNPOの繁栄を切り開いた一方で、この10年余の日本の社会経済政治における委縮と停滞は、日本の市民社会が既存の公共と拮抗出来る独立的力とダイナミズムを持てなかったことにも原因があると考えるならば、それは市民社会の失敗といえるかもしれない。英文書としたことは良い選択と思うが、記述民俗学のアプローチと アクション・リサーチという研究手法が日本(語)で説得性を持つためには著者の今後に大きな挑戦がある。期待したい。(上野 真城子)