西岡 春菜
東京大学大学院学際情報学府社会情報学コース修士課程
■はじめに
2025年10月24日から26日にかけて、英国オックスフォードで開催された第3回グローバル心理学会議(3rd Global Conference on Psychology)に参加し、口頭発表を行った。本稿では、日本NPO学会の国際学会参加支援助成金を受けて参加した本学会の概要と、発表内容、学びと今後の研究への示唆について報告する。
■学会の概要
グローバル心理学会議は、世界中の心理学研究者や実践者が一堂に会し、最新の研究成果や実践知見を共有する国際学術会議である。今回の第3回大会は英国オックスフォードで開催され、メンタルヘルス、発達心理学、臨床心理学、組織心理学など、幅広いテーマでの発表が行われた。参加者は世界各国から集まり、異なる文化的背景を持つ研究者同士の活発な議論が交わされる場となった。
■発表内容
筆者は、「Primary Prevention Mental Health Support by Non-Institutional NPOs: Structure and Philosophy of Tokyo Mental Health Square’s Practice」(制度外NPOによる一次予防的メンタルヘルス支援:東京メンタルヘルス・スクエアの実践における構造と理念)というタイトルで口頭発表を行った。
本研究は、日本における精神保健医療の制度的限界を補完する存在として、制度の枠組み外で活動するNPO法人による一次予防的メンタルヘルス支援の可能性を明らかにすることを目的とした。具体的には、NPO法人東京メンタルヘルス・スクエアの理事への半構造化インタビューを実施し、テーマティック・アナリシス法により質的に分析した。
分析の結果、5つの概念カテゴリーが抽出された。第一に、支援を受ける人と支援を提供したい人を循環的に結びつける双方向的支援モデル、第二に、電話・SNS・対面カウンセリングを組み合わせた多層的支援体制、第三に、資金と人材確保における構造的課題、第四に、相談文化の醸成や男性性規範の変容といった文化的介入、第五に、AIやピアグループ、協働による拡張戦略である。
これらの知見は、制度外NPOが日本における一次予防的メンタルヘルスケアを推進する上での可能性と課題を浮き彫りにするものである。特に、行政や医療機関による制度内支援が十分にカバーできない「支援の隙間」を埋める役割として、地域に根ざした柔軟な支援体制の重要性が示された。
■国際的視点から見た日本の特徴
発表後の質疑応答では、日本特有の「相談文化の不在」や「男性性規範」が相談行動を阻害している点について、複数の海外研究者から関心が寄せられた。特に北欧やオーストラリアの研究者からは、自国でもメンタルヘルスのスティグマは存在するものの、日本ほど強固なジェンダー規範と結びついていない点が指摘された。
また、制度外NPOの役割についても議論が深まった。欧米諸国では、コミュニティベースのメンタルヘルス支援がより制度化されている一方、日本では民間の自主的な取り組みとして発展してきた経緯がある。この違いは、各国の福祉国家体制や市民社会の発展過程の違いを反映しており、NPO研究の文脈においても示唆に富む論点であると感じられた。
■他の研究から得た学び
本学会では、メンタルヘルス支援におけるテクノロジー活用、ピアサポートの効果、文化的要因がメンタルヘルスに与える影響など、多様なテーマの発表に触れることができた。
特に印象的だったのは、デジタルメンタルヘルスに関するセッションである。チャットボットやAIを活用した初期スクリーニングの研究や、オンラインピアサポートグループの効果検証など、テクノロジーと人的支援を組み合わせたハイブリッドモデルの可能性が議論されていた。筆者の研究でも、東京メンタルヘルス・スクエアがAIを活用した相談者のトリアージシステムを開発していることを報告したが、こうした技術活用は国際的にも注目されているテーマであることを改めて認識した。
また、若年層のメンタルヘルス支援に関する発表では、学校教育における心理教育の重要性や、早期介入プログラムの効果が報告されていた。日本でも同様の課題が指摘されており、国を超えた共通の課題として一次予防の重要性が強調されていることを実感した。
■今後の研究への示唆
本学会への参加を通じて、今後の研究課題がいくつか明確になった。
第一に、制度外NPOと制度内支援機関との協働のあり方についてさらなる検討が必要である。本研究では主に制度外NPOの独自性に焦点を当てたが、実際には行政や医療機関との連携によって支援の質や持続可能性が高まる可能性がある。海外の事例では、NPOが公的資金を得ながらも独立性を保つ仕組みや、官民協働による包括的支援ネットワークの構築例が紹介されており、日本への応用可能性を検討したい。
第二に、ピアサポートや自助グループの効果についての実証的研究の必要性である。本研究の分析結果では、自助グループが1人のファシリテーターで複数の参加者を支援できる「レバレッジ効果」を持つ可能性が示されたが、その効果や運営上の課題については今後、より詳細な検証が求められる。
第三に、文化的要因とメンタルヘルス支援の関係について、比較文化的視点からの研究の深化である。日本における「相談文化の不在」や「男性性規範」が援助要請行動に与える影響は、他のアジア諸国や欧米諸国との比較を通じてより明確に理解できる可能性がある。
■おわりに
第3回グローバル心理学会議への参加は、筆者にとって数少ない国際学会での口頭発表であり、極めて貴重な経験となった。日本のNPOによるメンタルヘルス支援の実践を国際的な文脈で位置づけ、海外の研究者と議論できたことは、研究の視野を大きく広げる機会となった。
日本NPO学会の国際学会参加支援助成金のおかげで、この貴重な機会を得ることができた。心より感謝申し上げる。今回の学会参加で得た知見や人的ネットワークを活かし、今後も制度外NPOによるメンタルヘルス支援のあり方について研究を深めていきたい。NPO研究の観点からも、メンタルヘルス支援という社会的課題への民間組織の貢献可能性を明らかにすることで、学術的・実践的貢献を目指していく所存である。
【参考文献】
- 東京メンタルヘルス・スクエア (2024). 活動内容. https://npo-tms.or.jp/
- 厚生労働省 (2019). 自殺対策白書.
- Economist Impact (2024). Mental Health and Integration: Provision for supporting people with mental illness.
- Repper, J., & Carter, T. (2011). A review of the literature on peer support in mental health services. Journal of Mental Health, 20(4), 392-411.