第14回ISTR世界大会に参加して

一栁 智子

第14回ISTR(International Society for Third-Sector Research)世界大会(2021年7月12日~15日)に初めて参加し研究報告をしましたので感想を交えてここに報告いたします。本大会は、2020年7月にカナダのモントリオールで開催される予定でしたが、新型コロナの世界的な感染拡大の影響を受け、異例の1年延期となり、翌年にオンラインで開催されました。

大会概要

今回の大会テーマは、「不確実な時代におけるグローバルな市民社会―多様性と持続可能性を強化する(Global Civil Society in Uncertain Times: Strengthening Diversity and Sustainability)」です。ISTR が発行したISTR 2021 Year In Reviewによれば、58カ国から528人の参加者があり、2つのプレナリーセッション、23のパネルディスカッション、103の論文セッション、16のラウンドテーブル、14のネットワーキングイベントが開催されました。大会で取り上げられたトピックは、以下の通りです。

• Civil Society, State and Markets in Democratic Contexts
民主的文脈における市民社会、国家、市場

• Challenges and Opportunities of Advocacy and Campaigning in an Era of “Fake News”
 フェイクニュース時代におけるアドボカシーとキャンペーンの課題と機会

• Collective Action and Responsiveness in the Global Context
グローバルな文脈における集団行動と応答性

• Governance, Management, Adaptation and Sustainability of Organizations
組織のガバナンス、マネジメント、適応、持続可能性

• Hybridity, Legitimacy and the Third Sector
ハイブリッド性、正統性とサードセクター

• Models of Philanthropy and Voluntarism
フィランソロピーとボランタリズムのモデル

• Social Movements and Political Participation in Authoritarian and Austere Times
権威主義的・緊縮的な時代における社会運動と政治参加

• Development and Sustainability: The Role of Civil Society
開発と持続可能性―市民社会の役割

• Diversity, Inequalities and Civil Society
多様性、不平等と市民社会

• Social Economy, Social Innovation and the Third Sector
社会的経済、ソーシャルイノベーションとサードセクター

• Emerging Areas of Theory, Pedagogy and Practice
理論、教育学、実践の新領域

本大会では、大会専用のウェブ・プラットフォームが設置され、各国の時差を考慮して各セッションが組まれていました。オンラインならではの企画として、PhDセミナーに参加した博士課程の学生が、自身の研究を3分間でアピールする「3分間論文コンテスト(3-Minute Thesis Competition)」が開催され、13名の参加者による録画ビデオから、1位の優勝者と2位の最終選考候補者が選ばれていました。

最後の閉会プレナリーセッション「市民社会のレジリエンス―世界的規模のパンデミックに直面して共通のテーマを見出す(Civil Society Resilience: Finding the Common Thread in the Face of a Global Pandemic)」では、セッションが進行するなか、チャットに多くのコメントが寄せられ、コロナ禍の中で世界中の異なる場所から皆がこの場に参加しているという一体感がありました。こうした経験は、オンラインでなければ実現できなかったように思います。

論文セッションでの発表と振り返り

筆者が発表した論文セッション「社会的企業の利益と社会的目標をいかに両立させるか(How to Balance the Profit and Social Goals of Social Enterprises)」では、最初に、同じく日本から参加されたゲームチェンジャー・インスティテュートの田辺大氏が、ソーシャル・アントレプレナーシップのマインドセットに関する報告をされ、次に筆者が、途上国開発における社会的企業の組織変化やミッション・ドリフト課題に関する事例報告を行いました。最後にイスラエルの研究者が、若年失業者の雇用を目的としたレストラン事業を展開するソーシャルビジネスとミッション・ドリフトに関する事例研究を報告しました。この最後の報告において、レストラン事業が若年失業者の雇用に向けたトレーニングを提供する事業として始まり、この事業に関わる政府やNGOなどの利害関係者から高く評価され、営利事業として成功しているにもかかわらず、参加した若年失業者の90%が途中でドロップアウトしているという結果に至ったことが印象的でした。質疑応答では、コミュニティモデルとして活動していた社会的企業の商業化が進むことは組織変化の最終ゴールなのか、そうした変化をどのように評価しているのかといった質問や、ソーシャル・アントレプレナーシップのマインドセットが、ある国や地域では発展し、別の国や地域でそうではないのは文化的な背景を考慮すべきではないかなどといった質問があり、活発な意見交換が行われました。最後に、本セッションのモデレーターであったロシア人の研究者から、社会的企業のミッション・ドリフトに関する経験的研究によって、ミッション・ドリフトが生じる重要な要素、あるいは、どの成長段階で生じやすいのかを知ることができるならば、ミッション・ドリフトを未然に防ぐために、どのような戦略的マネジメントや計画が必要とされるのかといった問いかけがなされました。筆者は、社会的企業とミッション・ドリフトのテーマを扱った別のセッションの事例報告を聞く機会がありましたが、その事例は、社会的企業がスピンオフ(分社化)し、営利事業を分離することによって、一つの組織内で生じうるミッション・ドリフトを回避しようとするものでした。このように社会的企業のミッション・ドリフトが議論される背景には、社会的企業が非営利組織(NPO)研究の延長線上で論じられる理論的潮流があることと、市場からの事業収入を主な財源とする社会的企業が、当初設定された(あるいは期待された)社会的ミッションを維持しながら長期的・安定的に事業を継続することの現実的な難しさが関連しているように思いました。本大会に参加して、関心領域の近い研究者と意見交換ができたことは、とても有意義な体験でした。

若手研究者など学会会員がこれからISTRなどの国際学会で発表しようという際には、過去の学会ニューズレターNo.64~67に連載されている岡田彩先生の「国際学会デビューへの道」が大変参考になります。応募時にアブストラクトの採択率を上げるコツや報告準備などの詳細が紹介されています。そのなかで、口頭発表の際に「ビジュアルを活用する」、「思い切ってポイントを絞る」という2点がアドバイスされていますが、後から自身の発表を振り返っても、こうした点は限られた時間内に、内容を効果的に伝えるために必要であったと思いました。確かに、英語を母語としないことの言葉のハンディは大きく、本大会で筆者も強くそのことを実感しました。しかし一方で、Kabara and Lai(2015)が、ネイティブ・チェック(英語母語話者による英文校正)は「説得力のある主張を保証する仕組み」を持たず、研究論文の質の向上のためには、研究者自身が「説得力のある議論を構築する」ことこそが肝要であると主張するように、このような視点に立ち、英語で議論を組み立てていく努力を重ねていけば(その過程ではネイティブ・チェックも必要だと思うが)、日本人研究者による国際学会での発表も増えるのではないかと思いました。その他、報告準備の際に役立った文献として、石井クンツ昌子(2010)『社会科学系のための英語研究論文の書き方』(ミネルヴァ書房)を挙げておきます。

最後に

筆者は、この世界大会の参加をきっかけにISTRのメンタリング・プログラム(Mentoring Program)に応募しました。最後に、このプログラムについて付記します。本プログラムは、経験豊かな研究者が大学院生や若手研究者を支援するもので、メンターには、ミッドキャリアまたはシニアの研究者が、メンティーには、大学院生、大学院修了後5年以内の若手研究者が想定されています。1年に1度応募期間があり、ISTRのコーディネーターが双方の関心に基づいてマッチングします。期間は1年間です。メンターとメンティーの関係は指導教員と学生の関係とは異なり、お互いが交流することに重点が置かれているように思います。プログラムでは、禁止事項などガイドラインがありますが、実際にどのように交流するかについては、メンターとメンティー同士の裁量に委ねられているようです。筆者の場合は、学問領域が近いアメリカの研究者とマッチングがなされました。留学や国際学会以外で、他の国の研究者と交流する機会は限られており、このプログラムを通じて研究交流の幅が広がったことに感謝しています。最後になりましたが、本大会の参加に対し、日本NPO学会の若手研究者に向けた国際学会参加支援助成金を頂きましたことに、厚く御礼申し上げます。

<参考文献&URL>
ISTR Mentoring Program https://www.istr.org/page/Mentoring
Kabara, T., & Lai, W. L. (2015). Writing Support in Higher Education: Why Native Checking Services Do Not Help Improve the Quality of Research Writing. Nagoya Journal of Higher Education, 15, 323–337.