寺下 和宏
2024 年 6 月 21-22 日に韓国・ソウルで開催された ARNOVA (Association for Researchon Nonprofit Organizations and Voluntary Action) の地域カンファレンスである 8th Annual ARNOVA-Asia Conference に参加してきました。
ARNOVA はアメリカを本部とする NPO 学会との関係も深い非営利・ボランタリーセクターに関する国際学会です。私は 2024 年 3 月から今回の会場であった延世大学に訪問研究員として滞在する予定でしたので「近場で国際会議に参加できるのであれば」と思い、アプライしました。日本から数時間という立地の良さもあってか、日本からもたくさんの先生方、学生の方々が参加しており、初参加の国際会議ではありましたが、親近感を感じながら参加しました。
実は私は 2024 年度に複数の国際会議に参加していました。コロナ禍の影響もあり、大学院在学中には対面で国際会議に参加したことがなかったですし、幸いにも日本学術振興会特別研究員 PD に採択されたことで、比較的自由に研究できるリソースが手に入ったこともあり、2024 年度は国際会議に積極的に出向こうと、可能な限りたくさんアプライしました。
結果的に各会議では私の研究に対し建設的なコメントをもらえただけでなく、国内外にいるたくさんの研究者とつながれましたし、私の研究活動の中でも一二を争う貴重な経験になりました。それと同時に、日本国内にいる若手研究者が国際会議に参加する難しさも感じました。
そこで今回は私自身の経験に基づき、日本国内にいる若手研究者が国際会議に挑戦する意義と難しさを考えてみたいと思います。私の経験が次の方の国際会議への挑戦につながることを期待しています。
報告概要
まず今回、NPO 学会にご支援をいただいた ARNOVA-Asia での研究報告の内容について簡単にご紹介したいと思います。
今回報告した内容は日韓の女性団体に関する新聞記事報道のバイアスを機械学習によって測定する、というものでした。NPO 全体にも言えますが、特に女性団体やフェミニズム運動には特定の偏ったイメージが付きまといがちです。例えば「過激だ」とか「攻撃的だ」といったものです。他方で「女性」に対しては「穏健だ」とか「ケア」のような、団体や社会運動とは異なったイメージが付与されることもあり、実際に日本の婦人会などは穏健な活動が報じられがちです。そこで私の研究では、これまでの研究で「過激だ」とか「穏健だ」とか言われてきた女性団体のマスメディア報道の傾向を長期間にわたって明らかにしました。
フェミニズム運動の報じられ方についてはいくつか研究がありますが「過激さ」が強調されてきたという研究がある一方、「女性」のイメージに反する運動(デモなどの政治的活動)についてはあまり報道されないという研究もあり、どっちつかずの結果が報告されています。そこで本研究ではジェンダー不平等な社会の代表例でありつつ、異なる政治制度、マスメディア環境、社会運動の状況を持つ日韓の女性団体の報道傾向を長期間にわたって明らかにすることで、いつ、どのようなときに、いかなる媒体が「穏健に」「過激に」報道されるのかを検討しました。
分析の結果、日韓いずれも比較的「穏健な」活動を報道する傾向がある一方で、この傾向が全国紙と地方紙で異なることを明らかにしました。具体的には全国紙は注目を惹きやすいデモなどのアドボカシー活動に関連づけて女性団体の活動を報道しているのに対し、地方紙は例えばボランティア活動などのサービス供給的な役割を強調する傾向があることがわかりました。さらに、全国的に発生した大きなイベント(例えば#MeToo 運動)の際にはアドボカシー寄りになる一方で、その変化は全国紙でより顕著であることも明らかにしました。
これらの結果はマスメディアによる社会運動の報じられ方が全国・地方紙に応じて異なることを示した点において、社会運動のメディア・カヴァレッジ研究やジェンダー研究に貢献するものです。また新しくも簡単に実装できる方法を採用したことで、非営利セクターの報じられ方などの研究に応用できる可能性も示しています。
以上の内容は 2023 年度の日本 NPO 学会研究大会の公募パネルで報告した内容をアップデートしたものです。当時のコメントを反映し、マスメディアの報道傾向研究という形に再構成しました。「これから国際会議で報告したいけど、報告できるようなネタがない」という方はぜひ国内学会での報告を翻訳、アップデートして、国際会議にアプライする、という方法も考えるといいのではないかと思います。
日本国内にいる若手研究者が国際会議に参加する意義と難しさ
ネットワーク作り
国際、国内に限らず、対面での学術大会に参加する最大のメリットはネットワーク作りだと思います。現在、研究報告を聞いて、討論する、報告してコメントをもらうといったはオンラインでもできるようになりました。したがって、わざわざ数時間(時に半日 1 日以上)かけて、国際会議に参加し、対面で報告する意義は、セッション外での参加者との対話にあるといっても過言ではありません。
例えば、同じセッションになった参加者と雑談する中で、新しい研究のアイディアが生まれるでしょうし、時に共著プロジェクトに発展することもあるかもしれません*1。私も今回の ARNOVA-Asia で一緒になった報告者とテキスト分析に関する情報共有をしましたし、他の登壇者との対話から自分の研究の出版に向けてどのようなことをすればいいかを考えたりもしました。
*1 私の話ではありません。
自分の研究領域の広がりと相場感の把握
オンラインが普及しましたが、国際会議の多くは対面開催に戻っています。この結果、1 度に多くの研究報告を見ることができる、という面ではオンラインよりも対面の学会の方がメリットがあります。
たくさんの研究報告を聞くことによるメリットとして、自分の研究を「大きな地図」に位置づけられることが挙げられるでしょう。自分の研究がどの領域に貢献するものなのか、どういう人が自分の研究の読者となりうるのか、研究分野のトレンドはいかなるものでこれからどういう研究が多くなりそうなのか、といったことを把握することは自らの研究を売るためにとても重要なことです。国際学会の研究大会では国際的に活躍する様々な領域の研究者がたくさん参加し、研究報告をしますから、聞くだけでも自分の研究の立ち位置や売り先を把握することができます。もちろん報告すれば、自分の研究がウケているのか、どこがウケているのか(はたまた響いていないのか)といったことがすぐにわかります。
また自分の研究のレベルを測り、相場感を把握することができるというメリットもあります。国際会議で報告すれば、自分の研究が国際的に通用するレベルであるかどうかはもちろん、その後どのようなことが査読で指摘されそうなのか、といった点を把握することができます。私が他に参加した ISTR という学会ではジャーナルの編集者が個別の相談に乗るブースが出されていたように、国際会議の場で実際にジャーナル投稿の相談に乗る機会があることもあります。
海外という場を楽しむ
先述の 2 点は研究者としては当たり前であり、少し「硬すぎる」メリットかもしれません。せっかく海外に出てきたのですから、その場を楽しむ、ということがあってもいいと思います。国内学会でもエクスカーションがあったりしますが、国際会議でも同様に実施されることがあります。現地の NPO の活動や地域の歴史などを学ぶ機会があるかもしれません。
それだけなく、国際会議ではウェブサイトに” 旅行情報” や” グルメ情報” が載っていることもしばしばあります。実際に、ARNOVA Asia ではパンフレットに近辺の飲食情報が掲載されていましたし、多くの参加者はパンフレットを頼りに本場の韓国グルメを堪能したはずです*2。研究者にしても実践者にしても、何か機会がなければ、自らのフィールドの外のことはよくわからないものです。学会や交流会などで他の人のことを聞くことはあっても実際に見るまでには至りませんし、特に海外の事情に触れることはほとんどないでしょう。
海外に出たついでに現地の食事や観光をめいいっぱい楽しむことは、自分の知識や経験の幅を広げるのに大いに役に立ちます。「百聞は一見にしかず」であり、現地での経験が自らのフィールドを相対化し、新しい研究アイディアにつながることもしばしばです。
*2 私はソウル在住でしたので、あまり堪能しませんでした。
そもそも情報がない
以上のような意義があっても、私たちはなかなか国際会議というものに参加できません。そもそもどこで、どのような国際会議が開かれているかという情報自体、自分で探さないと見つからないかもしれません。NPO 学会のメーリスには時折、関連学会である ISTR や ARNOVA の研究大会の情報が流れてきますが、その学会が自分(の研究)に合っているのか、どういう雰囲気なのか、どの程度のレベルが要求されるのか、といった疑問が浮かぶばかりでなかなか踏み出せないこともしばしばです。
特に若手研究者は国内の学会でさえ、移動や入会にかかるコストの関係で参加できないこともあります。また指導教員の意向や入会有無に応じて、参加できる・できないが変わってくることもあるでしょう。以上の情報格差に対応し、情報共有しあうために、若手研究者間の横のつながりも必要だと思います。
言語の壁
国際会議の多くでは英語が用いられます。いくつかの学会ではフランス語が公用語になっていることもありますが、多くのセッションは英語で進行します(学会によっては開催国の言語セッションを設けることもあります)。当然のように英語で研究報告し、質問に答え、コメントを聞き取る必要があります。私も含め英語がそれほどできない国内からの参加者にとってはそもそも言語が難しいという問題に突き当たるでしょう。
しかし私は報告や質疑応答よりも、その後のコーヒーブレイクなどでの雑談やコミュニケーションの方が難しいと思いました。報告や討論は報告内容の台本をしっかり覚えて、予想される質問を考えて挑めば、多くの場合解決できます。他方で、日々英語で雑談をするトレーニングを積んでいない私たちにとって、コーヒーブレイクやレセプション・懇親会での会話はとても難しいものです。この結果、日本から来た日本語が通じる人たちだけで集まってしまう、ということになりがちです。
(日本から来た人同士でも新しく来た人との出会いがあればいいですが、国際会議に来る人は「いつものメンバー」になりがちなので、ネットワーク作りという意味での魅力は半減するかもしれません。楽しいのは楽しいですが。。)
したがって、素直に「国際会議楽しかった」「ネットワークを作れた」と言えるためには、語学力の鍛錬が欠かせないように思います。ただ言葉を極めるには相応の時間と努力そして場数が必要です。まずは恐れずに一度国際会議に参加し、自分の語学力がどこまで通用するのか試してから、一歩ずつ鍛錬していくしかないのでしょう。あるいは国内学会の英語セッションや英語での研究会、オンラインセミナーに参加してみるのもいいのではないかと思います。
渡航のコスト以上の価値があるか
若手研究者にはお金がありません。日本以外で開かれる国際会議に参加しようと思えば、それなりのコストを支払う必要があります。コストに見合う経験ができれば価値があるとみなせますが、そのような経験ができるかどうかは参加してみないと分かりません。
業績という意味で国際会議報告を重視される方もいますが「書いてなんぼ」の世界だと、国際会議報告だけでは評価されないこともしばしばです。またオンライン報告が普及しつつある今、対面での大会に参加しなくとも、研究に対するフィードバックをもらう機会はありますし、そのフィードバックによって論文の出版につながれば、国際会議にわざわざ参加する必要などない、となってしまうかもしれません。
以上に対し、私は国際会議への参加に上述の通りの意義を見出していますが、私がいうようなメリットが感じられず、コストに見合う価値が見出せないのであれば、無理してまで参加する必要はないのではないかと思います。特に昨今の円安傾向は科研費をもらっている常勤の教員でさえ、悲鳴をあげるほどですから、大学院生やポスドクであればなおのこと気軽に海外渡航がしづらくなっていることでしょう。
若手研究者が国際会議に参加しやすくするためには、以上のコスト感を和らげる必要があります。そのために特に金銭的サポートが重要になるわけですが、NPO 学会が国際会議参加のための助成金を出しているほか、いくつかの民間財団が国際会議への参加にかかる渡航費を助成しています。大学によっては独自に補助金を出していることもありますから、チェックするといいでしょう。これらの助成金は事後・事前いずれの申請もありますが、なるべくなら国際会議のスケジュール、採択と同時にこれらの申請ができると不確実性が軽減できるのではないでしょうか。
最後に
本記事では私の経験に基づき、若手研究者が国際会議に参加するメリットと障壁について考えてきました。全ての日本にいる研究者が海外に挑戦すべきだというわけではなく、メリットを考えながら自分のペースと環境、そして資源に応じて挑戦するのがよいのだと思います。
ただ、自分ではどうしようもない壁というのが国際会議にはつきものです。特に金銭面での問題は自分では解決しようにありません。その意味で NPO 学会による支援はとても重要かつ意義のあるものだと思います。改めて感謝申し上げる次第です。ぜひ今後も支援を継続していただけけることを願っております。