第8回 日本NPO学会賞受賞作品

林雄二郎賞

  • 『チャリティとイギリス近代』 金澤 周作著 京都大学学術出版会(2008/12刊行)

優秀賞

  • 『立ち上がるベトナムの市民とNGO-ストリートチルドレンのケア活動から』 吉井 美知子著 明石書店(2009/8刊行)
  • 『Social Capital and Civil Society in Japan』 西出 優子著 東北大学出版会 (2009/2刊行)
  • 『現代日本の自治会・町内会-第1回全国調査にみる自治力・ネットワーク・ガバナンス』 辻中 豊,ロバート・ペッカネン,山本 英弘著 木鐸社(2009/10刊行)

審査委員会特別賞

  • 該当なし

総評

2009年度「日本NPO学会賞』の選考を終えて
選考委員長 山岡義典/ 2010年3月8日

本年度は実りの多い年であった。3点の「優秀賞」とともに2年該当なしの「林雄二郎賞』1点を決めることができた。しかも後者は、2点がせめぎ合う結果の授賞であった。選考の対象は2008~09年に刊行された文献で、自薦11点と他薦3点の計14点。第1回委員会(12月23日)では選考対象や選考方針を確認し、1つの文献を3人の委員で査読することとして8人の委員がそれぞれに関心のある文献5~6冊を選択し、次回委員会までにA・B・Cの3ランクで評価し、そのコメントを提出することにした(選考委員は9名であるが1名は都合により評価を担当できなかった)。その場合、必要に応じて+や-をつけてもよいこととした。その評価結果を持ち寄って第2回委員会(2月22日)を開催、慎重に審議し、授賞対象を決めていった。第2回委員会の審議の過程は次の通りである。

まず出席委員(5名)がそれぞれの評価結果と意見・感想を報告しあい、欠席委員の評価コメントを確認し、個別の候補文献ごとに議論を重ねていった。その結果、C評価のある6件についてまず賞の対象から外すことにした。それらの中には他の委員がA-やBやB+の評価をしたものもあって議論にはなったが、結果としては対象外とせざるをえなかった。次にC評価のなかった残る8点について議論を重ね、出席委員の全員一致で次の4点を授賞対象に相応しいものとした。

すなわち、開発独裁国家におけるNGOの多様な活動を克明に調査して途上国社会におけるNGOの存在意義を検証した『立ち上がるベトナムの市民とNGO-ストリートチルドレンのケア活動から』、福井・京都・沖縄において伝統的に存在してきたソーシャル・キャピタルと近年制度化されたNPOの相互関連性を分析して英文出版した『SocialCapitalandCivilSocietyinJapan』、全国の自治会・町内会を対象に日本で初めての壮大な構想に基づく実態調査を行い分析した『現代日本の自治会・町内会-第1回全国調査にみる自治力・ネットワーク・ガバナンス』、ビクトリア期の英国において発生する社会問題への取り組みをチャリティという視点から見事に描き出し、その意味を問い直した『チャリティとイギリス近代』(他薦)の4点である。

いずれも高い評価であったが、このうち2点が特に高く評価され、林賞候補として議論されることになった。AAA評価の『現代日本の自治会・町内会-第1回全国調査にみる自治力・ネットワーク・ガバナンス』とA+A+B評価の『チャリティとイギリス近代』である。前者は社会調査に実績あるチームの力作で、その方法も分析も適切で説得力があり、指摘すべき難点は特にない。今後の地縁組織と自治体やNPOの関係を論じる上での必須文献になるに違いない。後者は新進の歴史学者による意欲作で、チャリティとは何かを生き生きとした生活世界像として読者の前に提供する。実証性や説得力について難点を示す意見もあったが、本書の鮮明な内容は日本のNPO研究に欠落しがちな歴史性や思想性を大きく育てる可能性をもつ。専門も性格も全く異なる学問業績のどちらを選ぶか、鎬を削った議論が熱を帯びる。

「該当なし』が2年続いた後のことでもある。2点併せて授賞対象にしたらどうかとの意見もでたが、やはり林賞の性格から1本に絞るべきとなり、新しい研究領域に挑戦した個人の著作、『チャリティとイギリス近代』を優先させることにした。惜しくも入賞を逃した4点について言えば、『非営利放送とは何か 市民が創るメディア』は市民メディア発展のための基礎となる時機にかなった良書として評価されたものの執筆陣の多さとそれぞれの問題意識の多様さが論集としての焦点を拡散させてしまっている点が指摘され、『市民力による知の創造と発展―身近な環境に関する市民研究の持続的発展』(他薦)はエンパワーメントの過程に重点を置いた貴重な時代の証言として評価されたが市民概念の抽象性などの点が指摘され、また『まちづくりNPOの理論と課題』は小規模NPOのマネジメントという点で成果を出しているものの理論的な考察においては十分ではない点などが指摘され、いずれも賞の対象にならなかった。『NPO新時代』(他薦)については過去に優秀賞を受賞した著者の作品であることから前著を越える(林賞の対象となる)ことが要件とされるが、そこには至らなかった。いずれにせよ、日本NPO学会やその周辺において多様な研究蓄積がなされ、発表されてきていることを実感することができた。学会賞の選考に参加することができ、私自身、大いに学ぶところがあった。大変嬉しいことである。この勢いが次年度にも繋がっていけばと願っている。

各書評

『チャリティとイギリス近代』 金澤 周作著 京都大学学術出版会(2008/12刊行)

18世紀後半から19世紀にわたるイギリスにおけるチャリティの歴史的研究として、きわめて優れた水準の研究書である。当時のイギリスにおける様々な形のチャリティを示した上で(第1章)、救貧と海難救助について詳しく検討し(第2章)、チャリティの意味を日常生活場面に視点を置いて描き(第3章)、イギリスにおける福祉政策の展開はこうしたチャリティの上に成り立っているとしている(終章)。本書は、歴史研究として優れているのみならず、商品経済の進展に伴いフィラ ンスロピィックな活動がどのように展開されるのかについての、共通性とイギリスにおける独自性が見事に描かれており、我が国におけるNPO研究の水準を高める研究成果といえよう。こうした19世紀におけるイギリスのチャリティが、第2次世界 大戦後の福祉国家の形成展開過程で、どのように編成替えされたのかあるいはされなかったのか等、より深めてみるべき論点はあるが、それは本書の守備範囲を超えている。(北村 裕明)

『立ち上がるベトナムの市民とNGO-ストリートチルドレンのケア活動から』 吉井 美知子著 明石書店(2009/8刊行)

発展途上国のNGO/NPO活動については、日本でもいくつかの研究報告があるが、その多くは、自らのNGO活動の報告か、ルポ風のものであり、 「外側」からの視点を免れない。本書は十数年にわたり、ベトナムでストリートチルドレン対象のNGOの立ち上げ、運営に関わった著者が、自らの活動を基礎に、 ベトナムにおける「市民社会」の実情、官製の大衆団体の外に、公認、半公認、非公認、外国系等多様なNGOが存在する実態を示し、これらの団体と政府との、 しばしば緊張を伴う関係を描き出した労作である。本書の白眉は、ストリートチルドレンを対象とする政府の政策とNGO事業の克明な比較、また、政府の圧力に対する、 NGO側の創意性に満ちた対応の分析にある。政府のストリートチルドレン「消去」策に対して、NGOはケア・育成の視点を持つという本書の指摘は説得的である。選考委員会の場では、 ベトナム、東南アジアに広く見られる相互扶助の伝統とローカルNGOの関連への目配りがあれば、更に本書の奥行きが増したという議論もあったが、開発独裁国家におけるNGOの存在意義を論証した意欲作として高く評価したい。(西川 潤)

『Social Capital and Civil Society in Japan』 西出 優子著 東北大学出版会 (2009/2刊行)

本書はソーシャルキャピタル(以下SCと略)を、コミュニティー・メンバーにおける協働を容易にするところの信頼、規範、ネットワークであると規定し、 SCは市民社会にとって不可欠な要素ととらえ、その相関性を明らかにするものである。SCに関する欧米の研究や知見に目配りしつつ、SCは西欧社会のものだけでなく、 日本社会に伝統的に存在し興隆してきたことを事例をもって証明し、また近年制度化されたNPOが、SCを創出する役割を果たしているという相互関連性を明らかにし、 そこから見てNPOへの政策介入が日本の市民社会を強化することになるとして政策的含意を示している。SCとNPO賛歌の、真摯な力作である。英文での著述の質は高く国際的な議論と比較に耐えるものとなっている。 しかし著者が依拠するパットナムのSCへの基本的問題意識は「民主主義はいかに機能するか」にあり、民主主義と市民社会がいわば付与の前提である西欧社会と、そうではない日本およびアジア諸国、 および異なる文化圏においてはSCが市民社会の強化にはならないということ―今後の国際比較において、たとえば韓国などを加えることが不可欠―、民主的市民社会の発展を阻害するという 批判的問題意識と証明が必要であるように思う。著者のもつ高い力量の今後に大きく期待する。(上野 真城子)

『現代日本の自治会・町内会-第1回全国調査にみる自治力・ネットワーク・ガバナンス』 辻中 豊,ロバート・ペッカネン,山本 英弘著 木鐸社(2009/10刊行)

本書は、全国の自治会・町内会を対象に日本で初めての壮大な構想に基づく実態調査を行い分析したものである。自治会はNPOのようなボランタリー・アソシエーションではなく自発性という点においてNPOとは異なるが、 本書では自治会等の地縁組織も市民社会組織として捉えている。広義の市民社会組織として自治体やNPOの関係を論じる上で必須の文献になると思われる。 調査結果は従来から言われてきたことと大きく異なるものではなく、とくに新しい知見はないが、全国調査によりそれが確認されたことは大きい。 今回の調査は自治会・町内会の役員および行政を対象としたものであるが、一般住民の意識調査とクロスさせると面白いものになる。 共著ということもあり特別の主張を述べているものではないが、今後は例えば認可地縁団体についての意識調査・分析に基づく地縁団体の法的性格に関する提言などを期待したい。 著者等は長年にわたり市民社会組織の実態調査を国際的に実施してきており、このような地道な調査研究に対して敬意を表したい。(今田 忠)