第10回 日本NPO学会賞受賞作品

林雄二郎賞

  • 『NGO・NPOの地理学』 埴淵 知哉著 明石書店(2011/8刊行)

優秀賞

  • 『ローカル・ガバナンスと参加-イギリスにおける市民主体の地域再生-』 永田 祐著 中央法規(2011/7刊行)
  • 『対人サービスの民営化:行政-営利-非営利の境界線』 須田 木綿子著 東信堂(2011/4刊行)
  • 『民主化と市民社会の新地平-フィリピン政治のダイナミズム』 五十嵐 誠一著 早稲田大学出版部(2011/3刊行)

審査委員会特別賞

  • 『Civic Engagement in Postwar Japan: The Revival of a Defeated Society』 Rieko Kage著 Cambridge University Press(2011刊行)
  • 『市民のネットワーキング―市民の仕事術Ⅰ』『市民のマネジメント―市民の仕事術Ⅱ』 加藤哲夫著 仙台文庫(2011/6刊行)

総評

2011年度「日本NPO学会賞」の選考を終えて
選考委員長 松岡紀雄/ 2012年3月17日

第10回日本NPO学会賞の対象となったのは、自薦13点、他薦1点、事務局推薦2点の計16点(うち英文1点)であった。選考委員は前年と同じ顔ぶれの13名で、第1回委員会では、選考方法と対象作品の確認を、学会賞規約に基づいて行った。前年と同様に、各作品を3人の委員で査読することとし、各委員の専門分野や関心から振り分けをおこない、原則としてA、B、Cの3段階で評価することとした。第2回委員会では、あらかじめ提出された評点を記した一覧表と、作品に対する各委員の評価コメントを前に、熱のこもった議論が2時間以上にも及んだ。

選考委員の評点では、3人がそろってA評価としたものが4点、2人がA評価としたものが3点あった。意見交換を経て、これら7点を最終候補作品として審議に入った。最優秀作品に贈られる林雄二郎賞は、昨年11月に林先生が95歳で逝去されたこともあって、ぜひとも選出したいという姿勢で臨んだ。最終的に選ばれたのは、埴淵知哉著『NGO・NPOの地理学』である。分析結果はNPO関係者には既知のことではないかとか、地理学の分野からはどう評価されるのかわからないといった疑問も提起された。しかし、こういう切り口もあったのかという新しいアプローチを示した、奥行きを持った労作として、授賞が決定した。ちなみに、同書は日本地理学会の出版助成を受けて刊行されている。

優秀賞に選ばれた4作品については、後掲の個々の講評に委ねるとして、審査委員会特別賞に選ばれた加藤哲夫著『市民のネットワーキング-市民の仕事術』(Ⅰ、Ⅱ)について、一言触れておかなければならない。本書は、雑誌等に発表済みの小論やエッセーをまとめた新書版であり、およそ学会賞を意識して執筆、刊行されたものではない。しかし、NPO時代の先端を駆けてきた著者ならではの、長年にわたる情熱的な活動に基づく深い洞察は、学術書にも劣らない示唆に満ちている。感謝の気持ちを込めた賞を故人の霊前に捧げたい。

一面で評価されながらも授賞に至らなかった作品について、今後の応募者への参考に供する意味で、敢えて選考委員会での指摘を紹介しておきたい。『戦略的協働の本質』については、セクター間の協働に関する緻密な分析が評価されながらも、事例が優等生的なものに限られ、現実の協働の多くが失敗する理由についての論究の欠如が惜しまれた。

『自然保護分野の市民活動の研究』については、克明な調査・記録という地道な作業が高く評価されながらも、多くの団体の詳細な紹介にとどまり、「研究」と名付けるに足る分析や、新しい知見が見られないという指摘を受けた。『NPO再構築への道』は、3名の執筆内容がばらばらで、1冊の研究書としての統一感に欠けるとの指摘を受けた。事例が無造作に並べられ、選定の基準や相互の関係が明確でないことも惜しまれた。

ユニークな応募として、大阪ボランティア協会が刊行した『ボランタリズム研究』の創刊号があった。「渾身の思いを込めて世に送り出す」という意気込みは評価されたものの、第三者の審査を経ない依頼原稿で構成され、収録論文の質にもバラツキがあるとの指摘を受けた。元雑誌編集長の評者が残うのは、著作権や「Printed in JAPAN」の表記を欠き、第1号の英文表記も適切でないことである。中身に加えて編集・出版に関する配慮でも、他団体のモデルとなってほしいと願っている。

今回の選考委員会の席で話題となったのが、作品の「読みやすさ」という点である。NPOに対する関心が、第一線で忙しく活動する実務家や行政関係者のあいだで高まっているいま、一般の人々の読みやすさ、理解のしやすさへの配慮は、これまで以上に求められている。文章表現や引用、注記の形式などに配慮を望むとともに、今回審査員会特別賞を受賞することになった加藤氏の著書のような一般読者向けの版を、併せて発表するといった取り組みも期待したい。

各書評

『NGO・NPOの地理学』 埴淵 知哉著 明石書店(2011/8刊行)

著者によれば、「本書の目的は、地理学の視点と枠組みから、NGO・NPOの組織や活動の空間的諸相を解明することにあった。」という。NGO・NPOについてはすでに多くの研究書があるが、評者の勉強不足かもしれないが、こういうアプローチがあるとは思わなかった。また、分析のフレームワークはスケールが大きい。ローカル、ナショナル、グローバルという3つの空間をとりあげ、そのなかでNGO・NPOを企業と政府との対比をまじえて、領域とネットワークという空間の2つの特質から分析するという。また、相互に関連する都市のまとまりを都市システムとしてとらえ、NGOとNPOが新しい都市システムを創造しつつある可能性を示唆する。本書は7章からなっており、この壮大なフレームワークが十分に分析し尽くされているとは言えないが、新しい研究領域の創造を期待させる。ただし、本書での分析結果はNGOやNPOの関係者にはすでに既知の事柄であること、政策的含意が明らかでないこと、などの点が他の選考委員から指摘されていたことも付言し、著者の今後の研究の一層の深化を期待したい。 (選考委員 稲葉陽二)

『ローカル・ガバナンスと参加-イギリスにおける市民主体の地域再生-』 永田 祐著 中央法規(2011/7刊行)

本書は、地域の福祉政策形成過程におけるガバナンス構造に市民がどのような影響力を行使できるのか、それを成功させる条件は何かという点の問題意識を主軸に構成されている。 そして、英国における1970年代以降の政策の変遷を概観した後、現状の地域ガバナンス構造を実地に調査する。行政と市民団体とのパートナーシップが日本的な意味と異なり、一定の権限を持つ理事会に両者が参加する英国の実情は大変興味深い。また、本書は市民代表者の正当性、専門的能力の限界、中央政府の影響力といった課題を中心にインタビューを試み、冷静にその問題点を分析し、まとめとして、日本におけるローカル・ガバナンスの在り方を探る。とくに、市民参加の鍵となる中間支援団体が現状、その職域や組織形態によって分断されていることも指摘されているが、「新しい公共」の主要な担い手として昨今喧伝されている非営利組織自体のガバナンスや透明性が不十分である現状に加えて、中間支援組織が未だ未成熟であることも痛感させられる。 ガバナンスとは、組織の意思決定、執行、監督の3機能の配分状況を指すものと私は理解しているが、今後の課題としてこの3つの権能がわが国の地域におけるローカル・ガバナンス実践の場において、どのように適切な配分がされていくべきなのか、さらなる研究課題として著者に期待したいところである。 (選考委員 太田達男)

『対人サービスの民営化:行政-営利-非営利の境界線』 須田 木綿子著 東信堂(2011/4刊行)

介護保険制度の導入により、営利・非営利のサービス事業者が、行政の規制が強い「擬似市場」としての介護保険市場において競争することになった。本書は、東京都A区とB区の「非営利(社会福祉法人・医療法人・生協・NPO法人)」と「営利(株式会社と有限会社)」の事業者のデータと施設長へのインタビュー調査により、事業者が、「サービスの質向上」や「信頼獲得」のために、状況に応じて設置形態にかかわらず営利的・非営利的な行動をとるという営利-非営利ダイナミクスを明らかにした優れた著書である。主に法定介護保険サービスのみが提供され、事業者独自のサービスが少ないA区では、低所得高齢者への支援を最も重視しているのは「営利(有限会社)」の事業者であった。また、法定介護保険サービス以外の自費サービス収入のあるB区でも営利-非営利の差異が存在した。このように、他国の福祉サービス市場において非営利組織が営利との同質性を高める(=営利化)という現象はわが国では観察されなかった。評者としては非営利サービス事業者間の差異も知りたいところではあるが、データの制約上やむを得ないことかもしれない。本書は、営利を非営利に敵対させがちな見解のみならず、NPO法人だけに特化し過ぎるわが国のNPO研究へ大きな軌道修正をもたらすであろう。 (選考委員 田中敬文)

『民主化と市民社会の新地平-フィリピン政治のダイナミズム』 五十嵐 誠一著 早稲田大学出版部(2011/3刊行)

この論文は、フィリピンにおける民主化の過程を、民主主義体制への移行と定着という2段階に分けて、市民社会と国家の関係と影響を詳細に解き起し、民主化における市民社会の役割と機能を実証的に分析するものである。論文の視点は、フィリピンの市民社会を独裁体制に対峙した同質的な一枚岩でも、また民主主義体制への橋頭保としての西欧型の理想的なものでもない、多様なアクターによるヘゲモニー闘争の矛盾に満ちた空間とみる。ここから、様々な政治運動と社会運動を包含する市民社会が、国家の対応と葛藤の中で、フォーマルな政策決定プロセスに組み込まれるにいたる、民主主義の理念と制度自体の実質的進化と深化の機構とダイナミズムが浮かび上がる。 政治学の基礎を網羅しつつ、なぜフィリピンかという、政治学の門外漢の疑問をも払拭し、ここには直接言及されてはいないものの、日本の市民社会と民主主義の課題と、また東アジアから中近東の民主化の展望を考えるうえで、極めて示唆に富む論文である。著者の緻密な研究成果であり、努力に敬意を表する。できればグローバルな市民社会に貢献する英文での発表を望みたい。 (選考委員 上野真城子)

『Civic Engagement in Postwar Japan: The Revival of a Defeated Society』 Rieko Kage著 Cambridge University Press(2011刊行)

本書は、戦争が市民活動に与える影響という、社会科学における重要なテーマを扱ったものである。米国では、パットナムらの研究によって大戦後の世代の市民参加度が高いことが知られており、戦争が市民参加の度合いを上昇させる最重要な要因だという研究結果も示されてきた。ただ、その証拠は戦勝国であった米国の経験に偏っていた。著者はそうした先行研究の批判から出発し、日本が敗戦国でありながら戦後、市民活動が非常に活発化したこと、それが敗戦直後だけでなく、占領が終わった後まで長く続いたことを統計分析によって実証的に示し、市民の参加度の向上に関する戦勝説を覆すに至っている。続いて、市民活動活発化の要因として、戦争の帰趨に関係なく戦時中に動員されたという経験そのものと、戦前期における市民活動の活発さが大きく関係しているという仮説を提出し、日本の団体の事例研究と、第二次世界大戦の戦勝国と敗戦国をそれぞれ複数含むサンプルの分析から検証を行っている。 この研究は、欧米における社会科学の主流派の学説を踏まえつつ、実証分析によって市民活動に関する従来の説を覆したこと、それに止まらず新たな説を提出し、その検証を行った点で重要な学問的貢献を行ったと思われる。 (選考委員 雨森孝悦)

『市民のネットワーキング―市民の仕事術Ⅰ』『市民のマネジメント―市民の仕事術Ⅱ』 加藤哲夫著 仙台文庫(2011/6刊行)

本書は市民活動・NPO、社会起業、エコロジービジネス、地域再生等の分野において永年にわたり活躍した著者が、その取り組みの中で書き記したものを「ネットワーキング」と「マネジメント」という2つのキーワードで整理、編集したものである。著者は、ネットワーキングのことを「人との 出会いや結びつきの持つ意味」、マネジメントのことを「集団を組むときの方法論」と表現するように、一貫して専門的な用語やノウハウを誰もが理解できる平易な言葉で伝えようとしている。例えば、「思いを伝えるのではなく、行動をリクエストする」「参加したら何が得か(ベネフィット)を明確に訴求する」「サービスは提供ではなく、ソリューションの構築と考える」「支援者、活動者、受益者の区別をしてそれぞれのニーズに応えるマネジメントが必要」などであるが、こうした言葉には著者の実績と経験に裏打ちされた重みが感じられる。 現場に問題を発見し、現場に答え見出し、新たなモデルを作り続けてきた著者は残念ながら故人となったが、本書は実践的な解説書として、また実務書として読み継がれるものとなろう。 (選考委員 椎野修平)