林雄二郎賞
- 該当なし
研究奨励賞
- 『ボランティア活動の論理-阪神・淡路大震災からサブシステンス社会へ』 西山 志保著 東信堂 (2005年1月刊)
- 『NPOと社会をつなぐ-NPOを変える評価とインターメディアリ』 田中 弥生編 東京大学出版会(2005年6月刊)
審査委員会特別賞
- 該当なし
総評
選考委員長 青木利元
今回の学会賞には、自薦・他薦を合わせて15の論文の応募があり、選考委員会では予備審査及び本審査での検討・論議の結果、研究奨励賞として2つの論文を選定した。林雄二郎賞に該当する作品はなかった。
概評
昨年に続き林賞を受賞する論文がなかったことの主な理由は、学会賞規定にあるように、選考委員会が、論文の秀逸さはもちろんのこと、「一層の研鑽を奨励する」という趣旨にこだわったことにある。知的な研究論文は、先人が築いた豊かな知見をわがものにするとともに創意を加えてさらに豊かにし、後代につなぐという役割を担う。この観点から見るとここ2年ほどの応募論文の傾向は、概して区々の知見のアンソロジーの域を出ないもの、また先人の知見を咀嚼し自らの血肉とする奥行きと力(構想力、説得力など)に欠けるうらみがあるものが散見されたように思われる。
各書評
『ボランティア活動の論理-阪神・淡路大震災からサブシステンス社会へ』 西山 志保著 東信堂 (2005年1月刊)
西山志保編『ボランティア活動論理―阪神・淡路大震災からサブシステンス社会へ』(東進書房)は、阪神・淡路大震災2年後から現地に通いつめ、人びとのボランティア活動から市民事業形成にいたる展開に向き合ってきた著者の体験と観察、省察を基にしてまとめられたボランティア論である。生活基盤が崩壊し生存のがけっぷちにある人びとの生々しい関係の中から汲み取られた「他者との関係性」に基づくボランティア論だけに、「人間の実存」とか「共感」という土台をなす言葉には重みとある種の香気が漂っている。しかし、このボランティア論を、「サブシステンス社会」という大きな社会的枠組みの中に位置づける試みは残念ながらぼんやりとした残像を残すレベルにとどまっており、それを使い勝手のいい武器として現実の社会や経済を、明証性をもって描いたり再構成したりするといういわば本格的取り組みが始まるのはこれからである。著者の言う「サブシステンス」は理念的枠組みなのか分析的枠組みなのか、それは日本社会の現実を丸ごと捉えるのにどのように機能するのか、その辺のさらなる掘り下げと展開を今後に期待したい。蛇足ながら、冒頭の「先進資本主義社会における市民運動の展開は、福祉国家の危機と再編によって規定されてきた」という記述は、著者の思い込みというほかはない。気負い過ぎというところだろうか。
『NPOと社会をつなぐ-NPOを変える評価とインターメディアリ』 田中 弥生編 東京大学出版会(2005年6月刊)
もう一つの奨励賞受賞論文、田中弥生著『NPOと社会をつなぐ―NPOを変える評価とインターミディアリ』(東京大学出版会)は、著者が長年フィールドとしている自家薬籠中のテーマだけに、「『評価』を多方面から分析し、そこでのインターミディアリの機能を明らかにしており、実務家にも有効」、「応募作品の中では完成度が最も高い」など、評価する声がほぼ一致していた。「NPOと他の社会的資源をつなぐインターミディアリの役割について、欧米の事例等分析も含めて理論的に検討を加えるとともにNPOの事業評価や組織評価について優れた事例分析を行なっている」ということであろう。しかし、惜しむらくは、知見を貫く心棒のようなもの、それによって論理が広い裾野と高い峰を持つような完成度・成熟度を持つまでに至ってない。今後のなお一層の精進が期待される。
その他の作品
賞の対象となった上記の2つの論文のほかに、審査委員会で検討したものについて少し触れたい。加藤春恵子著『福祉市民社会を作るーコミュニケーションからコミュニティへ』(新曜社)は、イギリスの一地区ノースケンジントンに著者が腰をすえ参与的観察を行なってきた市民主体の「公共圏づくり」の記録として精彩を放っている。優れた読み物である。しかし、これを包み込む社会的枠組みを「福祉市民社会」という概念でくくり、さらに日英は似ているという類似性(社会の格差度)から英国流の市民社会作りも不可能でないとする、積極性・明るさには筆者の暖かな人間性を感じるが、わが国の近代化・歴史・文化性を考えるとことはそれほど簡単ではないのではないか。少なくとも近代国家の類型化に関しては、福祉国家のほかに自由主義国家、コーポラティスト国家、国家主義国家を提起したサラモンの「ソーシャル・オリジン論」への目配りがほしい。
山田春義、新川達郎編『コミュニティ再生と地方自治体再編』(ぎょうせい)は、人口減少と過疎化の進行の中で、コミュニティの再生、地域住民、NPOの関わりが論じられており、とくにコミュニティレベルでのNPOの機能と経営について実証的・論理的に分析した好著であるとの評価がある一方で、分担執筆のため論旨が分散し完成度が低いとの声もあった。坂本文武著『NPOの経営―資金調達から運営まで』(日本経済新聞)は、手際よくNPO法人の経営術をまとめているという点では大方に異論はなかった。しかし、経営とガバナンスの関係、及び外部環境分析とSWOT分析の関係性等に関して不明確・問題のある記述が含まれているとの指摘がなされた。
林賞該当なしが2年間続いた。次年度は、知見の継承性、創造性、社会的パースペクティブにおいてより豊かで深みのある論文が数多く寄せられることを期待したい。