林雄二郎賞
- 『日本ボランティア・NPO・市民活動年表』 大阪ボランティア協会 ボランタリズム研究所
監修 岡本 榮一 石田 易司 牧口 明 編著 明石書店 (2014/2刊行)
優秀賞
- 『コーズ・リレーテッド・マーケティング 社会貢献をマーケティングに活かす戦略』 世良 耕一著 北樹出版(2014/4刊行)
- 『行政ー市民間協働の効用 実証的接近』 小田切 康彦 法律文化社(2014/3刊行)
- 『ソーシャルキャピタルと格差社会-幸福の計量社会学』 辻 竜平 佐藤 嘉倫編 東京大学出版会(2014/6刊行)
審査委員会特別賞
- 該当なし
総評
日本NPO学会賞選考を終えて
選考委員長 田中敬文/ 2015年3月14日
日本NPO学会賞は、2012年に逝去された林雄二郎初代会長のご寄付により創設された賞である。13回目を迎えた今回、12点の応募作品について11人の委員による白熱した議論と厳正な審査を経て、林雄二郎賞1点、優秀賞3点が選出された。審査委員会特別賞は該当なしであった。
見事に林雄二郎賞受賞の栄冠に輝いたのは、大阪ボランティア協会ボランタリズム研究所監修・岡本榮一・石田易司・牧口明編著『日本ボランティア・NPO・市民活動年表』である。明治(以前)頃から現代まで約140年にわたるわが国のボランティア・NPO・市民活動年表であり、全体で750頁、厚さ数センチにも及ぶ大著である。分野も社会福祉、医療・保健・衛生、教育・健全育成、文化、スポーツ・レクリエーション、人権擁護、男女共同参画・フェミニズム、まちづくり・災害復興支援、国際協力・国際交流・多文化共生、平和運動、環境・自然保護、消費者(保護)運動、支援組織・支援行政、企業の社会貢献と多岐に渡る。
「はじまりのミッション」という項目からは、活動が「どんな思いや願いから始まったか」がわかる。NPO法制定はるか以前から、わが国でボランティア・市民団体が活動していた事実が克明に記録されている。例えば、1970年、秋田大学自動車部員の提唱による交通遺児支援活動があしなが学生募金につながったこと、市民オーケストラの先駆けとなる高崎市民オーケストラの設立、芙蓉会(新潟市)という栄養研究グループの活動が日本酒や豆腐への添加物禁止につながったことがわかる。巻末の資料・索引も充実しており、教育現場での利用価値も高い。われわれが享受する市民社会は、本書に記載された多くの市民活動の成果であることを認識すべきである。
優秀賞3点のうちのひとつ、世良耕一『コーズ・リレーテッド・マーケティング 社会貢献をマーケティングに活かす戦略』は、筆者の20年近くにわたるコーズ・リレーテッド・マーケティング (CRM) 研究の集大成である。内外の多くの先行研究や事例に加えて、筆者の独自調査などにより、CRMの意義やフィランソロピーとの相違、CSRとの関連、マーケティングに生かす戦略などについて、平易な文章で分かりやすく解説した好著である。膨大な資料に関して索引が充実している点も高く評価された。
同じく優秀賞の小田切康彦『行政-市民間協働の効用:実証的接近』は、これまでの協働論が理念や枠組みなど規範的な議論が多いのに対して、本書は協働の影響や成果に焦点を合わせたことが高く評価された。NPOと行政との協働が政策過程、およびNPOと行政の各々にどういう影響を及ぼしたかを、大規模な量的調査とインタビューによって調べた労作である。京都市を例に、協働型の政策実施において政策の有効性や効率性、プロセスの民主性にポジティブな影響を及ぼすことを示唆しており、協働がNPO・行政の双方にとって有用であると結論づけている。
優秀賞の3点目、辻竜平・佐藤嘉倫編著『ソーシャルキャピタルと格差社会-幸福の計量社会学』は、12名による論文集で、幸福格差等をソーシャルキャピタル (SC) の観点から分析した。長野県と東京都の調査を共通に用いて、地域格差、結婚や出生機会格差、子育てストレスと社会的サポート、社会的孤立、健康や主観的幸福等についてSCとのかかわりを分析している。例えば、SCは普遍的な効果を持つのではなく、学歴や社会的地位によって異なる効果を持つこと、すべてのSCがストレス低減効果を持つとは限らないことなど興味深い結論を導き出している。昨年に続いてSCに関する著書が優秀賞を受賞した。
その他、惜しくも賞を逃したものの、審査委員会で注目を集めた書籍についてもコメントしたい。高柳彰夫『グローバル市民社会と援助効果-CSO/NGOのアドボカシーと規範づくり』は、CSO/NGOが援助(開発)効果に関して、何を問題にし、どの様にかかわってきたのかを明快に論じている。秦辰也編著『アジアの市民社会とNGO』は、11名の分担執筆によりアジア各国の市民社会をNGOとの関係から考察し、各々の課題や可能性を指摘している。山本隆編著『社会的企業論-もうひとつの経済』は、NPO法人や協同組合、アメリカ501C3団体などを社会的企業と捉え、理論編と実務編とに分けて著者たちが各々の観点から論じたものである。
日本NPO学会は市民社会の発展に貢献することを使命としている。近年、多くの学会が学会賞を設けているが、会員・非会員を問わず著書等が選考対象となるのが日本NPO学会賞の特徴である。学会賞がその貢献への一途となるよう、次回も多くの研究者・実務家の積極的な応募を期待したい。
各書評
『日本ボランティア・NPO・市民活動年表』 大阪ボランティア協会 ボランタリズム研究所
監修 岡本 榮一 石田 易司 牧口 明編著 明石書店 (2014/2刊行)
昨今のNPO研究が概して「NPO法人」や「非営利セクター」に特化されがちな中、本書はボランティア活動やNPO・市民活動は本来、市民社会の創造、そして民主主義社会の発展に深くかかわっているという原点を再認識させてくれる。明治から現代までの約140年の歴史を概観することによって、市民活動を生み出し支えた思想が浮かび上がってくるのである。編者はそれを①告発・抵抗、②連帯・強制、③変革・創造、④自治・共同、⑤生命尊重・平和、⑥育成・学習と6つに分類し、それぞれの特徴を解説している。例えば、告発・抵抗のボランタリズムは、最低限の生命さえ脅かされる人々が自らの尊厳をかけて「捨て身」で立ち上がる際の原動力となる精神とし、婦人参政権獲得運動や公害病との戦い等を例に挙げる。今日に通じる社会の課題がこうした市民活動史の延長線上に位置づけられ、また今も新しい思想を生み出す過程にあることを再認識させられる。本編では、社会福祉、人権擁護、環境・自然保護、消費者運動等14分野の活動の軌跡が750頁に詳述されている。先達から学ぶべきことがいかに多いか。それぞれ興味深い史実満載である。編者が目的達成率80%と記すように、資料収集や史実の検証に5年の歳月をかけても未完の個所もある。今後は読者の情報提供等によって、更に充実した改訂版の発行を期待したい。(選考委員 目加田説子)
『コーズ・リレーテッド・マーケティング 社会貢献をマーケティングに活かす戦略』 世良 耕一著 北樹出版(2014/4刊行)
本書は、企業の社会貢献活動をマーケティング活動の一環として位置付けるコーズ・リレーテッド・マーケティング(CRM)について、筆者が20年近くにわたり続けてきた研究の集大成としてまとめたものである。国内外の多くの先行研究や事例に加えて、筆者が実施した幾つかの調査から得た知見をもとに、コーズとCRMの定義、CRMとフィランソロピーの違い、CRMとCSR(企業の社会的責任)の関係、CRMの効果や企業倫理への援用可能性などについて論じている。多岐にわたる内容が凝縮されてはいるが、平易な文章で書かれているために読みやすく理解しやすいものとなっている。また、膨大な資料等に関しての索引が充実している点も大いに評価したい。隠匿という概念が残る日本においては、企業がCSR活動を行う場合に、マーケティングを意識しながらもそれを顕在化することに抵抗があることも少なくないが、本書は隠匿を重視する人にCRMをどうすれば受け入れてもらえるかについて、税金を含めて俯瞰的に「企業と社会の関係」を捉えて対応していくことが重要であると指摘している。企業の社会貢献活動を戦略的に論じる上で必須の文献になると思われる。(選考委員 椎野修平)
行政ー市民間協働の効用 実証的接近』 小田切 康彦 法律文化社(2014/3刊行)
この著書は行政とNPO間の協働に着目し、それが政策過程や行政とNPOのそれぞれにどういう影響を及ぼしたかを、複数の大規模な量的調査と面接調査によって綿密に調べ上げた労作である。主要な概念の吟味、調査の枠組みの設定、調査方法の選択、データ収集の手続き、結果の解釈が注意深くなされていることが目につく。こうした点は学術研究において重要であり、若い研究者にとって模範となるものである。また、調査を行うにあたって先行研究をよく踏まえ、その成果を活用していることもあり、全体としてのレベルは高い。調査結果は、協働事業が行政側、NPO側の双方にとって意義のあることを示唆している。政策の有効性を高める上で協働は有効なツールとなること、民主的なプロセス、効率性が求められる場合も効力を発揮しうることが結論として述べられている。本書は協働に関する実証研究を前進させており、学術的な貢献が認められる。他方で、厳密を期した学術研究であるがゆえに地味で、独創的な知見という点では少し物足りなく感じられる面もある。とはいえ、審査員全員が高い評価をつけており、林雄二郎賞を獲ったとしてもおかしくない著作である。(選考委員 雨森孝悦)
『ソーシャルキャピタルと格差社会 - 幸福の計量社会学』 辻 竜平 佐藤 嘉倫編 東京大学出版会(2014/6刊行)
本書は、地域格差、家族間格差、幸福格差を社会関係資本の観点から、12名の論者が独自の観点から論じた論文集である。長野県、東京、関東甲信越における5つの調査データから、社会学を軸に気鋭の研究者と碩学が多彩な切り口から独自の議論を展開しており楽しめる。ともすると、ソーシャル・キャピタル(以下SC)の概念を好き勝手に解釈して用いる論文集もあるなかで、SCの定義と分析手法もおおむね統一がとれて安定感がある。第1部の「地域格差とソーシャル・キャピタル」ではSCを扱う意義、三隅の「関係基盤」という新概念でとらえた市民社会、自治体間競争など大きな課題を扱ったあと、実証研究として長野県下條村の子育て支援策をSCの視点から評価している。具体的な自治体の施策がSCの醸成をつうじて出生率の向上につながったのではないかという仮説の実証である。第2部以降は結婚、出生機会格差、子育てストレスと社会的サポート、社会的孤立、健康、主観的幸福と次々と興味深い切り口から実証分析が展開される。なかでも自治体の家族政策におけるサポートの差が出生機会の格差を論じている部分は、上記の上条村での研究同様、自治体の施策の有効性をSCを通じて評価しようとするもので、貴重である。本書の付加価値としては、①社会病理の対応策としてSCを位置づけ、自治体の政策の効果をSCを含めて検証したこと、②「三隅の関係基盤」概念をより大規模な調査を用いて実証し、その応用範囲の広さを確認するなどSC概念の社会現象分析における有効性を新たに示したこと、③興味深いあらたな仮説・問題意識・分析の切り口を提供したことなどがあげられる。ただし、幸福という大きなテーマを網羅して著者らの独自の世界観を呈示ものではなく、続編を期待したい。(選考委員 稲葉陽二)