第11回 日本NPO学会賞受賞作品

林雄二郎賞

  • 『新しい公共と市民社会の定量分析』 松永 佳甫著 大阪大学出版会(2012/3刊行)

優秀賞

  • 『中国の市民社会――動き出す草の根NGO』 李 ヤンヤン著 岩波新書(2012/11刊行)
  • 『退職シニアと社会参加』 片桐 恵子著 東京大学出版会(2012/2刊行)

審査委員会特別賞

  • 『NPOが動く とやまが動く』 とやまNPO研究会編 桂書房(2012/11刊行)
  • 『英国コミュニティメディアの現在―「複占」に抗う第三の声』 松浦 さと子著 書肆クラルテ(2012/03 刊行)

総評

2012年度「日本NPO学会賞」の選考を終えて
選考委員長 田中敬文/ 2013年3月17日

日本NPO学会賞は、昨年逝去された林雄二郎初代会長のご寄付により創設された賞である。11回目を迎えた今回、選考委員会委員長の大役を拝命した。与えられた役割を謹んで果たしたい。18点の応募作品について12人の委員による白熱した議論が展開され、林雄二郎賞1点、優秀賞2点、審査委員会特別賞2点が選出された。 見事に林雄二郎賞受賞の栄冠に輝いた松永佳甫『新しい公共と市民社会の定量分析』は、過去10年間の論文7編に基づき、非営利セクターが果たす役割を、データの制約がある中、計量分析によって明らかにしたものである。政府の失敗理論、フィランソロピー、寄付と政府支出、非営利組織の経営効率性、社会的企業、ソーシャル・キャピタル等の観点から多面的に分析している。アメリカ50州の非営利セクターの規模の相違と、22カ国の非営利セクターの規模の相違を政府の失敗理論が説明できるかどうかを検証した2論文は、国際ジャーナルにも掲載されたものである。精緻な分析、論述の明快さなど格調も高い。

片桐恵子『退職シニアと社会参加』(優秀賞)は、退職シニアの社会参加活動について、インタビュー調査から作成した「社会参加位相モデル」に基づき、社会参加の内容、参加を促進・阻害する要因、個人、社会関係、社会に与える効果を探っている。複数の調査研究により、退職シニアの社会参加活動が「地域デビュー」の契機となることや、社会参加が本人の主観的幸福感に加えて妻の幸福感にも効果があること等を示したのは斬新である。

同じく優秀賞の李ヤンヤン『中国の市民社会 動き出す草の根NGO』は、新書の啓発書ではあるものの、いわゆる官製NGOとは異なる「草の根NGO」が、90年代以降、農村女性の教育と就労や環境調査と汚染追跡などで活動する実態を白日の下に晒しただけではなく、「参加の仕組み」により中国でも市民社会が創造されつつあることを明らかにしており、日本のNPOが市民の巻き込みの弱いことを指摘している。

審査委員会特別賞の松浦さと子『英国コミュニティメディアの現在 「複占」に抗う第三の声』は、コミュニティメディアに関する著者の熱い研究に連なるもので、インタビューと豊富な資料に基づき、英国のコミュニティラジオ法が法制化された経緯を振り返り、その社会的意義などを説いた精気溢れる著作である。  もう1点の特別賞、とやまNPO研究会『NPOが動く とやまが動く 市民社会これからのこと』は、富山県で活躍する個々のNPOを生き生きと描き、事業の中身やアイデンティティーを明確にし、NPOの公共的役割を地方から発信したことが評価された。

その他、惜しくも賞を逃したものの、審査委員会で注目を集めた書籍についてもコメントしたい。藤岡美恵子・中野憲志編『福島と生きる 国際NGOと市民運動の新たな挑戦』は、海外活動を旨とする国際NGOが震災と原発事故からの救援復興に献身的にかかわる姿や苦悩を鮮やかに描き出した。稲場圭信『利他主義と宗教』は、非営利組織としての宗教団体の社会貢献活動などを論じている。宮永健太郎『環境ガバナンスとNPO』は、環境NPOと自治体などとのパートナーシップに焦点を当て、従来のNPO観へ修正を迫る。太田達男『非営利法人設立・運営ガイドブック』、早瀬昇他『テキスト市民活動論』と粉川一郎『社会を変えるNPO評価』は、非営利組織を作りたい人、学びたい人と評価する人にとって格好の解説書である。

なお、過去に林賞を受賞した著者の作品が2点あった。初谷勇『公共マネジメントとNPO政策』と、辻中豊・坂本治也・山本英弘『現代日本のNPO政治』がそれである。期待に違わず質の高いものではあったが賞の対象とはしなかった。議論の分かれるところではあるが、なるべく多くの方に機会を与えたいという思慮からである。委員会では、実践書を対象とする賞を新たに設けてはどうかなどの意見も出された。次回も多くの作品の応募を期待したい。

各書評

『新しい公共と市民社会の定量分析』 松永 佳甫著 大阪大学出版会(2012/3刊行)

本書は著者が過去10年間に発表してきた論文7編を加筆修正したものである。経済学では劣後の扱いをうけてきた非営利セクターについて、それが果たす役割についての計量分析による実証研究を、データの制約という大きな壁が立ち阻むなかで、果敢に挑戦し、地道に成果を積み上げてきたものだ。非営利セクターを、政府の失敗理論、フィランソロピー、寄付と政府支出、非営利組織の経営効率性、社会的企業、ソーシャル・キャピタルなどの観点から多面的に分析してきた。いずれも既出の論文ではあるが7編をまとめ、10年間の研究成果をとおしてみると、近年重視されつつある「新しい公共と市民社会」の課題を、非営利セクターをとおして、浮彫にしていることがわかる。また、7編いずれも大変興味深い結論を提示し、非営利セクターの計量分析による実証研究の我が国における先駆的業績として高く評価できる。研究対象の先見性、既存のデータを利用しての計量分析における工夫、実証結果の付加価値、NPO研究における貢献、などから林雄二郎賞にふさわしいと判断された。勿論、筆者が研究対象としている分野では、絶対的真理の探究は難しい。本書を研究者としての中間報告とし、今後の研究の一層の発展も期待したい。 (選考委員 稲葉陽二)

『中国の市民社会――動き出す草の根NGO』 李 ヤンヤン著 岩波新書(2012/11刊行)

尖閣問題等で日中間の緊張感が高まる中、本書は草の根NGOの活動を通じて中国での市民社会の今を活写している。新書形式の啓発書だが、その内容は著者の長い研究活動と幅広い取材に裏付けられたものだ。政府(そして共産党)を背景に持つ官制NGOが大量に存在しているだけだった中国社会に、「市民が自らイニシアティブを取って公共の問題に携わっていく団体/組織」、すなわち「草の根NGO」が表舞台に登場したのが1990年代半ば頃。以後、「しなやかで、したたかに」力を伸ばし、出稼ぎ農民工の支援、農村女性の教育と就労、環境調査と汚染追跡、住民参加のコミュニティ支援など、様々な分野で活動を広げ、着実にその社会的影響力を高めている。しかも、こうした草の根NGOの活動紹介に留まらず、公共問題に携わる「参加の仕組み」として中国に市民社会を創造しつつあることを解説。それが中国社会に伝統的に欠けてきた「参加の文化」を育む可能性にも言及している。またその活動との比較を通じて、日本の市民活動や日本社会のあり方に関して刺激的な言及も多い。中国のNGOへの好評価がやや強いものの、日中の相互理解を深める上で大きな役割を果たす著作として評価したい。 (選考委員 早瀬昇)

『退職シニアと社会参加』 片桐 恵子著 東京大学出版会(2012/2刊行)

本書は、サクセスフル・エイジング理論を基礎に、会社の定年年齢を迎えた退職シニアの生き方として社会参加活動を取り上げ、インタビュー調査から「社会参加位相モデル」を提案し、社会参加活動とは何か、退職シニアの社会参加を促進・阻害する要因は何か、退職シニアが個人、社会関係、社会に与える効果は何か、を探った研究である。このモデルは、社会参加活動を、0(何もしない)、1(1人で趣味)、2(グループ参加)、3(ボランティア活動)の4局面に分類している。インタビューから、社会参加活動を「自己のために行う、家族・親族などの親しいネットワークにとどまらない広い対人関係を基盤とし、社会と積極的にかかわりをもつ行動」と定義する。社会参加の規定因について、平等規範などの個人要因、濡れ落ち葉忌避などの社会関係要因、情報の少なさなどの社会制度要因を用いることにより、「ボランティアは自分にはできない」と考える退職シニアへは「ボランティアは気軽にできるものだ」と知らせることが行動の一歩につながる。社会参加がもたらす効果について、本人の主観的幸福感へのプラスの効果だけではなく妻の幸福感にも効果があること、地域社会から隔絶されてきた退職シニアにとって社会参加活動が「地域デビュー」の契機となることなどが示された。得られた結論の中には既知のものも少なくないが、3つの調査・9つの研究の成果としての意味は大きい。インタビューに基づいて練られた質問項目は同様の調査を志向する学徒にとって手本となろう。 (選考委員 田中敬文)

『NPOが動く とやまが動く』 とやまNPO研究会編 桂書房(2012/11刊行)

日本海沿岸の各地では、人々の間に営々と伝えられた公共精神と北前船などにより蓄積された富とが融合し、早くから「民間が公益を担う」活動が展開されてきた。江戸時代から数々の社会事業を展開してきた庄内の豪商本間家の事績はその代表的なものである。 本書が取り上げる富山もそのような活動の拠点の一つだった。当地で廻船問屋を営んでいた富豪たち、なかでも私費で富山高校を設立したうえに教員の留学資金まで負担した馬場家の公共マインドと公益貢献などは、富山の「民間が公益を担う」活動の無形の遺産として記憶されるべきものである。 そのような土地柄を反映し、昭和・平成期以降も富山の市民たちの活動は注目すべき深みと広がりを持っていた。それを幅広く紹介した現場報告が、ここで取り上げる「NPOが動く とやまが動く」という書物である。もとより学問的な発見や分析の深みを本書に求める事は出来ない。しかし、本書に紹介されている富山の市民たちの心意気と、活動に盛られた努力と工夫は貴重である。本書はその実態を広く紹介しながら、平板な事績の羅列に陥ることなく、それぞれの事業の意味と意義、個性とアイデンティティーを浮き彫りにしている。日本の「民間の公共マインド」は、首都より、全国各地の地方からこそ澎湃と湧き出でている。その事の一つの証左としても、貴重な著作と言うべきだろう。 (選考委員 大原謙一郎)

『英国コミュニティメディアの現在―「複占」に抗う第三の声』 松浦 さと子著 書肆クラルテ(2012/03 刊行)

本書の主要テーマは、「『複占』に抗う第三の声」というその副題に端的に表現されている。ここで「複占」(duopoly)とは直接には、イギリスにおけるBBCと商業放送による放送の寡占状態のことを言い、BBCによる受信許可料の独占を排してその一部をコミュニティメディアにも開放すべき、という断固たる声や確固たる潮流があることを現地での入念な調査に基づいて紹介している。しかし、本書は単なる異国の事例研究に止まらない。翻って日本の状況を観るとき、そこにはNHKと商業放送による放送の「複占」というイギリスにほぼ同様の状況が現出しているのであり、NHKによる受信料の独占を切り崩そうというような声がほぼ皆無であることを思えば事態は彼の国よりさらに深刻である。事実、著者の松浦さんはこれまでも新聞等で一度ならずNHKによる受信料独占に風穴を開けよう、と訴えていらしたが、本書はそんな自説の周到な補強という意味合いも持つ。今回の「特別賞」は、直接の受賞作である本書を含め、松浦さんのコミュニティメディアに対する実に一貫した熱い、温かい眼差しに対して贈られた賞であった、と要約可能かと思う。他にも、恒常的な財源不足に苦しむイギリスのコミュニティ放送にとってその解決の糸口は財源の多様化にあることを指摘するなど、NPO一般の組織運営への応用可能性もそこここに散見される。労作である。 (選考委員 樽見弘紀)