第7回 日本NPO学会賞受賞作品

林雄二郎賞

  • 該当なし

優秀賞

  • 『協働型ガバナンスとNPO-イギリスのパートナーシップ政策を事例として』 金川 幸司著 晃洋書房(2008/5刊行)
  • 『NPO法人のディスクロージャー及び会計的諸課題に関する研究』 馬場 英朗著 大阪大学 後期博士課程 学位論文 (2008/3刊行)
  • 『南部メキシコの内発的発展とNGO-グローカル公共空間における学び・組織 化・対抗運動-』 北野 収著 勁草書房(2008/11刊行)

審査委員会特別賞

  • 該当なし

総評

2008年度「日本NPO学会賞」の選考を終えて
選考委員長 山岡義典/ 2009年3月10日

本年度は3件の「優秀賞(昨年度までの奨励賞)」を決めることができた。残念ながら今回も「林雄二郎賞」は見送られた。選考の対象は2007~08年に刊行された文献で、自薦の8件と選考委員会推薦の4件、計12件。受賞はいずれも自薦によるものであった。 選考経過に触れておく。12月末の第1回の委員会では選考委員長の選任とともに選考対象や選考方針を確認し、9人の委員がそれぞれに関心のある4冊を選択し、正月休みを挟んで読み込むことにした。そしてその結果を、ABCで評価し、コメントを付して2月下旬の第2回の委員会に持ち寄った。各文献を3名の委員が見たわけだが、AAAはなく、AABとABBが6件あった。まず12件すべてについて意見を述べ合い、その中からこの6件に絞って議論することにした。行きつ戻りつしながら内容を確認し合い、その作品の意味を問いあい、議論を重ね、最終的に先の3件を選出した。しかし林賞にはいずれも今一歩ということで、いずれも優秀賞とすることで一致した。優秀賞の3件は下記の通り。

『協働型ガバナンスとNPO-イギリスのパートナーシップ政策を事例として』(金川幸司著、晃洋書房,2008.5)は英国における政府・ボランタリ―セクター間の協働政策の展開とその具体的事例を検証したもので、緻密な調査による実態の追跡が高く評価された。『南部メキシコの内発的発展とNGO-グローカル公共空間にいける学び・組織化・対抗運動―』(北野収著、勁草書房、2008.11)は発展途上国の社会改革に果たすNGOの役割に焦点をあてて現場から追究したもので、一定の普遍性を獲得した労作として評価された。『NPO法人のディスクロージャー及び会計的諸課題に関する研究』(馬場英朗著、大阪大学後期博士課程学位論文、2008.3) は根気のいる作業を重ねて政策提言に結びつけた論文で、新分野に取り組んだ意欲的な作品として奨励的な意味から賞の対象とすることになった。 実はこの選考には、選考基準に当たるものはない。あるとすれば日本NPO学会賞規約第1条の「特に優れたもの」のみだ。何をもって特に優れたものとするかは、各委員の思いを出し合って議論する中で決まってくる。

まず「公表文献としての完成度」がある。全体の構成は明快か、論理展開は適切か、文章表現や編集は緻密になされているか。これは全員がほぼ同じ土俵で評価でき、その結果もそれほど大きく変わることはない。しかしこれは所詮、足切りにしかならない。学会賞であるからには「学問的に優れたもの」でなくてはいけない。いわゆるオリジナリティだ。しかし学問分野も研究方法も多様に異なる著作を、誰がどう評価できるのか。しかも同一平面で評価できるのか。これは実に評価が分かれる。特に選考委員の専門分野に近いほど、評価が厳しくなる傾向は否めない。 そしてこれがさらに選考を難しくしているわけだが、NPOという社会的な事象を対象とする研究であるからには、そのよりよき発展に貢献できるものでなくてはいけない。「社会的な意味」が問われるわけで、学問のための学問であっては評価されない。しかし何が社会のために役立つかは、実は論文発表の段階では誰も分からない。年を経て初めて、結果として分かるものだ。このことは近年のノーベル賞を見てもよく分かる。しかしともかく、専門分野を越えて議論することは可能だ。

さらに議論になるのは、「受賞者にとっての意味」である。評価が同じなら、実績ある研究者よりも新進の研究者が優先する。しかし評価に差がると、どちらを選ぶか議論は分かれる。 結局、これらの視点に関する各委員の主観的判断の積み上げや掛け合わせでしか、評価はできない。しかもどの視点を重視するかも、委員によって異なる。今回の選考結果も、そのような前提の上で得た結論でしかないことを、お断りしておきたい。 本年度は選考委員の改選期にあたり、これまでの委員経験があるということから私が新に委員長を務めることになった。最終的には各委員の一致した合意に辿り着けたが、迷いと悩みの中で決断をせざるをえなかった。力不足の、つらい役回りであった。

各書評

『協働型ガバナンスとNPO-イギリスのパートナーシップ政策を事例として』 金川 幸司著 晃洋書房(2008/5刊行)

イギリスにおける、ガバナンス論と協働論の理論と政策の経緯を検討し、NPO論を政府との関係性という視点で整理し政策展開を概観した実証研究である。イギリスにおける政府とボランタリーセクターの協働について、政策展開とその具体的事例の分析は実証的で優れた成果を収めている。また、イギリスにおける地域レベルでのパ-トナーシップ政策の展開についても地域戦略パートナーシップを中心に分析を加え、その多面的性格について周到な分析が行われている。全体の構成、緻密な調査、丁寧でわかりやすい記述は、学術書として若手研究者に対する手本となる業績である。またイギリスの事例を通して、日本のNPO活動や、NPO に関する対する国の施策、協働のあり方について貴重な示唆が盛り込まれている。以上の理由により、本書は受賞作に値すると評価できる。他方、今後の課題としては、地域の主体の多様性の分析をふまえつつイギリスにおける政策展開が地域ガバナンスをどのように変化させたのかについての分析や、イギリスでの実証をふまえた著者の理論展開等が求められる。(北村裕明)

『NPO法人のディスクロージャー及び会計的諸課題に関する研究』 馬場 英朗著 大阪大学 後期博士課程 学位論文 (2008/3刊行)

博士論文に対し、将来への大きな期待を込めて奨励賞的な学会賞が贈られることになった。特筆すべきは、研究チームで1万2千余のNPO法人から提出された財務情報をデータベース化し、財務内容や書類記載の問題点を分析、考察している点である。書類さえ提出すればその内容は問わないといった現状から、愛知県に提出された会計書類では30%以上が会計書類としての整合性がとれていないという実態も明らかにしている。NPO法人の会計スキルの未熟さは目に余るものがあるが、NPOが社会的な信頼を得るためには、この点の克服が急務と言えよう。馬場氏は、監査法人で上場企業の監査や英文財務諸表作成の実務を経験した上で公認会計士資格を得たという。NPO法人の会計実務を支援した経験が本研究のきっかけとなったようだが、これこそアメリカで高く評価され尊敬されるプロボノ(pro bono=無償奉仕の)弁護士ならぬ会計士の姿である。日本における専門家によるNPO支援のあり方についても具体的な提言を期待したい。 NPO法人に関する会計や寄付制度についての問題点も明らかにしており、施策や法制度の改善、整備につながる実際的な研究と言えよう。(松岡紀雄)

『南部メキシコの内発的発展とNGO-グローカル公共空間における学び・組織 化・対抗運動-』 北野 収著 勁草書房(2008/11刊行)

本書は、ラテンアメリカにおいて西欧やアジアとは異なった新しい市民社会の形成が進行するという認識のもとに、そのプロセスには、先住民族共同体やローカルNGOなどが、伝統・価値・哲学をもつ知識人を内在させながら、オルタナティブを志向する活動があることを実証し、それを社会運動として内発的発展論の中に位置づけ、評価し普遍化する社会理論を築くことを目的とするものである。 内発的発展論は近年、地域開発や開発協力の分野に確実に定着した概念といえるが、これは開発に限らず、人権、環境、安全、持続可能社会、住民参加、コミュニティー・コントロール、オートノミーといった、先進国にも共通する課題解決にも必考の概念である。しかしながら、グローバリズムや近代化に反対し、反開発の支柱となる対抗的社会運動と内発的発展論研究は、(社会学域を専門としない)問題解決のプロセスと実践に関心を持つNPO研究者には深い関心を寄せ難いものである。なぜなら発展途上国や南の社会においても、「運動」はすでに公的空間の政策形成に組み込まれていると思われ、それに関して今求められる研究は、著者の指摘するように、現実の的確な認識と、政策論と運動論の乖離を埋めるものであると考えられるからである。 本研究で著者はここに公共性概念、個人の学びと地域コミュニティーにおける学習、政府とNGOの関係性、対抗運動と社会変革の実践など、時代を見るにふさわしい分析軸を示し、鳥瞰的、複眼的視点と知を動員して、メキシコの内発的発展の事例を調査した。その事例自体、興味深く価値あるものであるが、著者はその中に内発的要素と外来的要素を融合し昇華し伝達する知識人の存在と、課題を社会運動化し変革のエージェントとなるNGOの存在、そこで多様なアクターが生み出す運動と成果をめぐるダイナミズムを示した。精緻化にはさらに今後を期待しなければならないと考えるが、この研究は著者の真摯な姿勢を伴って、一般読者に限らず、市民社会の形成に関心を持つ研究者にも豊かな知的啓発を促すものであり、優秀賞に値する。 (上野真城子)